戦艦の論 THE SEVEN III「マンジュウと花を食ったが、花の方が美味い。」
第六幕 - 【 東西天地文明の “ 出会い ” と “ 衝突 ” 】( 3 ) “ 生きるべきか、死ぬべきか ”
日本人来る 其の一
〜 世界の覇者は 〜
戦場の裁判(処刑前の茶番)
「私は、ジャック・セリアズ」
「英国連邦の兵士だ」
「100回も言った」
「死ぬ運命の人間がなぜ偽名を名乗ると?」
「日本人は捕まったら偽名を名乗る」
「そもそも投降せずに死を選ぶ」
「チッ、俺は日本人じゃない。」
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二十世紀初頭、よもや「英国人」よりも軍事的進化をし、「英国」と同じく大陸端の沿海に領土を持つ民族が、東の彼方から真剣に、しげしげと東南アジアを観察していようとは誰も思わなかった。
この島国民族は、何も知らずにあくせくと暮らす「イギリス人」を、水滴の中で増殖する微生物を顕微鏡で観察するかのように研究した。それに引き替え、わたしたちイギリス人は物質文明の頂点に立ったつもりで、その地位になんの不安も抱かず、日常の些細な問題で頭をいっぱいにして地球上を右往左往していた。まさしく、顕微鏡の下でうごめく単細胞生物の動きだったに違いない。日出ずる「古い国家の住人」が世界に危機をもたらすとは、誰も考えつかなかった。
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これとそっくりな文章は、「第二次世界大戦」(World War II)が勃発する41年前、イギリス人「H・G・ウェルズ」によって書かれていた。それが小説の中だけでなく現実世界で起こる。その、日英激突体験を綴った記録が「ローレンス・ヴァン・デル・ポスト」の「影の獄にて」である。原作名はあまり知られていないが、後に映画化された際のタイトルはずるくて上手いネーミングだ。死をテーマとした残酷な映画であるにもかかわらず、必ず美しい旋律を伴って表象され、最近ニュースに頻出していて誰でも知っている。
「赤い彗星」のように「掃射のセリアズ」という異名を持っている英雄ジャックが、今まさに犯罪者の汚名を着せられ、銃殺刑に処せられようとしている。奇妙な思想を持った日本帝国軍人の一方的な言い分に屈せず、一人必死の抵抗を試みるが、戦闘では死を恐れない彼も、理不尽な死の裁きに接し、まともな精神ではいられなかった。やがて呼び出しが来た。「髭を剃り」、「食事をする」というフリをして、命脈乏しい今を噛みしめる。そして両手を左右から引っ張られた状態で、立ち並ぶ銃口の前に出た。せめてもの抵抗が、目隠しをさせない毅然とした態度を貫くことだった。
唯一のアクションシーンとも言える斉射は空砲だった。将校とわかって試されたのだ。画策したのは、軍事法廷において唯一人、ハムレットのセリフを用いて、ジャックの気持ちをくみ取ったヨノイ大尉である。彼は「二・二六事件」に際し、死刑となった同志たちに対し深い同情心を抱いていた。決起に参加できず生き残ったヨノイもまた、死を覚悟の日常の中にいる。ジャックは、ハラキリがさほど特別なことではなく行われる、異常な規律が支配する日本軍俘虜収容所へと送られた。だが、ここでもあらゆる抵抗をした。習慣・文化・宗教が火星人ほども違う、極東の侵略者に対しての不服従であった。
「初めから死んでお詫びするつもりでした」(ヤジマ一等兵)
「なぜあの男を殺そうとした」(ヨノイ)
「隊長殿、あの男は隊長の心を乱す悪魔です」
俘虜の暗殺未遂という不祥事を、死の儀式(切腹)をもって決着させる事に対し、サムライ日本への理解と敬意がもっとも高かったロレンスでさえ怒りをあらわにする。
「お前らの汚れた神のせいだ」
「私は呪う、お前らの神々を呪う!!」
ロレンスは、八紘一宇の軍国思想を率いた国家神道と、大陸から渡ってきた大乗仏教を混同している。切腹したヤジマの献花台(仏壇)をぶち壊そうとするのに、経を読む軍曹ハラは動じない。一神教(キリスト教)を信奉する西洋文明と、あらゆる面で対極にいた東洋のマンジュウ男は、きらびやかさとスマートさに欠ける、泥臭くて朴訥な、いわゆる堅物日本の、典型的暴力軍人だった。その彼が独房に入れられたジャックとロレンスを「気まぐれ」に解放する。酔っ払っていたからだ。また、その時のセリフが出色だ。
おどけて、知っている英語を使ってみただけかもしれない。だが、宗教観の異なる、敵意を持った者たちとの命のせめぎ合いの中で、邪気のない微笑みと、一瞬の融和が生まれる。彼らは、人種は違えど宇宙人ではなく、同じ血の流れる地球人類の一員に違いなかった。
「ロレンスさん、ファーザー・クリスマス」
「ご存知かな?」
「今夜わたし、ファーザー・クリスマス」
『Merry Christmas, Mr. Lawrence』
ジャック・セリアズ英軍少佐 デヴィッド・ボウイ
監督・脚本 大島渚
音楽 坂本龍一
原作 ローレンス・ヴァン・デル・ポスト
配給 松竹、松竹富士、日本ヘラルド
公開 1983年5月28日