戦艦の論 THE SEVEN V「私も連れてって。どろぼうはまだ出来ないけど、きっと覚えます。」








【 手塚 治虫 】 『 奇 (あやこ) 子 』




ブラックなジャック と ふしぎなメルモ のあいだに




このブログの読者の方に『奇子』をお勧めいただいた。



 _ 以下引用


友達に勧めたことはありますが、中々理解してもらえなかったですね。笑

奇子もそうですけど、手塚治虫の作品では、設定の裏側に疑いをおき、深層に迫って人間の欲深さや非道さを明るみにしていきます。

誰しもが普通に暮らしていても、必ず心中に闇を持っている事を知らしめられている気がします。

手塚のダークな作品に共通しているのは、普遍と狂気は紙一重だという隠されたメッセージ性だと思いました。
ごく普通の日常生活を送っていても、狂気は常に真後ろにいて、己を監視している。
その出番が来るのを常に見計らい、ほんの一瞬、些細な出来事で普遍の糸が切れるとたちまち襲い掛かってくる。

誰でも狂気への入り口の一歩手前で、張り詰めた細い普遍の糸の上に立ちながら、何食わぬ顔で日常を過ごしている。

異常は客観視であって、当人にとってはそれが正常。

色んな観点を探せば観方は変わってくる、みたいな事を教えてくれた作品ですね。


 _ 引用おわり(以下は著者)


手塚は適当に話を盛ることなく、実際に起こった事件を挿入しながら、現実に起こりうる展開を、極めてリアルに描写しているという特徴があります。それは、安直なヒーローやヒロイン設定に対する挑戦であり、ありふれた正義や愛の言葉への、疑いの目がそうさせています。「体裁を整え、努力すれば報われると思うのは幻想だ。実際はそんなことはなく、社会は不平等に満ちている」思い切り反対側(暗黒面)へ振れることで、人間の逞しさと弱さ、真実の絆を浮き彫りにし、表現の限界を追求したかったのだと思います。





小学館の『ビッグコミック』に連載された手塚治虫の異色漫画で、発表時期は『ふしぎなメルモ』と『ブラック・ジャック』の間に当たる。「あさま山荘事件」、「日本列島改造論」、『仁義なき戦い』の時代であった。物語は戦後事件史から始まり、当時の世相を切り取りながら、地方の大地主一族と抑圧を受ける使用人たち、思想・価値観の変化・対立と、無垢な女性のかわいらしさとエロスを描いた、陰鬱で艶麗な作品である。



少女監禁事件 と 民進党



タイトルとなった『奇子』は幼い少女であったが、身内の犯罪を隠蔽するために土蔵に監禁されたまま青春期を過ごす。その姉(義姉)は民進党かぶれの恋人を殺されている。それに加担したのが復員兵の兄「天外仁朗」(次男)で、事実上の主人公である。仁朗は、陰謀によって人生を狂わされたため、偽名を名乗って裏社会でのし上がり、奇子へ定期的に多額の金を送り続けている。暗闇の中で美少女に成長し、やがて蝶のように解き放たれた奇子の前に、ある青年が現れる。しかし、偶然にも仁朗を追う立場の存在だった、、。





芹沢博士(『ゴジラ』)のように黒い眼帯を付け、マイケル・スコフィールド(『プリズン・ブレイク』)のようにクールで坊主頭の仁朗。尋常ならざる高度な能力で、怪物や国家の陰謀勢力とひとり闘う。だが、血を分けた妹には意外に優しい一面を見せる。さて、上の挿入画像と構図のそっくりなシーンが『宇宙戦争 WAR OF THE WORLDS 』にある。自身の無力を感じている父親トムが、地下の暗い階段の下で、さめざめと泣いている娘を慰撫するシーンだ。理解できるようで理解できない、もっとも謎な場面だった。けれど、スピルバーグが観客を置き去りにしてでも、これを撮りたかったのだと思うと納得する。人物の位置、カメラの角度、絶望的な心理状態、これほど印象に残るセッションを他では見たことはない、果たして偶然の一致なのだろうか。





待ち合わせも紹介もなく道端で遭遇し、突然尋問を始めても絵になる金髪イケメンと挙動不審なワンレン美少女。登場人物たちの異常性愛の描写も魅力のひとつと思うが、エログロを薄め複雑な相関図の中心にいる天外仁朗をある人物になぞらえると、『奇子』はモビルスーツの出てこないガンダムになる。



 「ここから地球に脱出するくらいの金塊を残していく」


 「私はもう、お前の知っている兄さんではない」


 「マスクをしている訳がわかるな」


 「私は過去を捨てたのだよ」




 黒い眼帯の仁朗 → 赤い彗星のシャア 
陰謀に巻き込まれ偽名とマスクで顔を隠す。
戦争で手柄を立てのし上がる。幼い頃離別したセイラに金塊を送る。


 天外奇子(妹) → セイラ
天性の美少女。不遇なお姫様。兄(シャア)を想っている。


 天外作右衛門(父) → デギン公王
ザビ家の当主。シャアの父暗殺の首謀者。


 天外市郎(兄) → ギレン総帥
戦争継続のためデギン公王を抹殺する。


 天外すえ → アストライア
魅惑的な美しさの持ち主。シャアとセイラの母親で幽閉されている。


 天外志子 → ハモン
アストライアと仲が良い。幼いセイラたちをザビ家から守る。
背伸びしているが、人としての常識と一途な想い(恋の恨み)がある。


 天外伺朗(弟) → アムロ
道理に合わない命令には決して従わず、妙に理屈っぽい。でも悩み多し。
ア・バオア・クーに閉じ込められていたセイラを救い出す。


 江野正(民進党員) → ガルマ
個人的な恨みはないものの友人シャアに謀殺される。
エノは今の民進党にもいそうな名前だ。


 キャノン少佐(キャノン機関/雇い主) → キシリア少将(キシリア機関)
国際的黒幕。シャアの運命に大きく関わる。
シャアとホワイトベース周辺に複数の諜報員を送り込む。
キャノンのパイロットに出会って寝返る女スパイも。






恭謙!! 恭謙!! 先見 予見



ガンダムの世界観作りに貢献し、世のテレビマンガの概念を変革した富野由悠季安彦良和は、ともに虫プロ出身である。ガンダム企画前に連載されていた恩師の漫画を読んでいないわけがなく、その人物設定に影響がないとは絶対言えない。シャアを主人公にした『機動戦士ガンダム THE ORIGIN』は、複雑な人間模様を、政治を絡めてダイナミックに描いたことで評価されているが、『奇子』を下敷きにしなければ、あそこまで高い創造性は発揮出来なかっただろう。



ロリコン伯爵、火傷すっぞ



小さな窓ひとつしかない牢屋に閉じ込められ、欲望まみれのゲス野郎の監視下にある奇子は、逃げられるようになってからも(物理的に)、逃げられなかった(心理的に)。その「なぜ」は、ラナ(「未来少年コナン」)、クラリス(『ルパン三世 カリオストロの城』)、シータ(『天空の城ラピュタ』)を通し、くり返し問い続けられてきた。





ひさかたのひかりのどけきはるの日に、奇子はさくらを見ることができるだろうか。もし、心身が追い詰められているなら、どうやってか弱き心を助けだしたらいいのであろうか。





















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