シンクロニズム 戦艦の論 5-5 「高い給料が欲しくないヤツはマックで働け!」




[出生の壁] 主演レオナルド・ディカプリオ 方面プロジェクト



「僕は貧乏人だ、そう言ってくれても平気だよ」

貧しい家で育った『タイタニック』のジャック・ドーソンとは、
経済の大きな壁で仕切られていた「キャルドン・ホックリー」は、
うさんくさい事業で成り上がった下品で鼻持ちならない資本家の、
ステレオタイプのような男だった。

なんでも金で買うことが出来ると思い込んでいるキャルは、
王族が身につけていたという、世紀の大宝石「碧洋のハート」をローズに差し出す。
しかし、タイミング悪く好青年ジャックと出会った後なので、婚約者の歓心を買うことはできなかった。
沈没する船からは、我れ先に逃げ出し、人としての浅ましさを盛大に披露する。
やがてウォール街でのさばるが、NY大暴落に遭遇し拳銃自殺した。




[出征の壁] 監督マーティン・スコセッシ 方面プロジェクト



「腐った悪獣たち、奴らを根こそぎ洗い流す雨はいつ降るんだ?」


『タクシー・ドライバー』のトラヴィス・ビックルは、ベトナムで命を張っていた帰還兵だ。
今は、ウォール街の底にいて、誰に聞かせるでもなく毒づいている。
まわりの同業者は卑俗な会話しかしないし、きらびやかな女は、まともに相手をしてくれない。
いったいどうすれば、この惨めったらしい壁を打ち破ることができるのか。

悲憤慷慨トラヴィスの鬱屈した毒気は、アイドル殺害予告で、気を紛らわしている匿名ネズミや、
韓国料理店の看板に飛び蹴りする金髪サルや、週末の歩道にレンタカーでつっこむ肥満ブタのそれと大差ない。
ただ、違っていたのは、実力行使の方向がひ弱なヒツジにではなく、欲望をむき出しにしたオオカミに向かったことにある。





[出世の壁] 製作・主演レオナルド・ディカプリオ × 製作・監督マーティン・スコセッシ



ウルフ・オブ・ウォールストリート
(原作「ウォール街狂乱日記 - “ 狼 ”と呼ばれた私のヤバすぎる人生」)


『欲望の街のオオカミ』は、タイタニック号とともに若いつぼみのまま散ったディカプリオが帰還し、キャルドンとなって豪快に開花したような話である。転生した第二の名は「ジョーダン・ベルフォート」、実在する悪徳株式ブローカーだ。仕事にあぶれた高卒のクズを自信たっぷりのセールスマンに仕立て上げ、ウォール街のトレーダーが相手にしない安いクズ株を、見栄っ張りな田舎のクズ客に売りさばいた男の自慢話を元にしている。だが、映画はそれほどクズではない。



 「あのレディーは金がなくて、昔三ヶ月も家賃を滞納していたんだ」


 「それで、仕事をくれと頼った俺に」


 「子供の教育費を払うため、さらに五千ドル前借りさせてくれないかって」


 「そのとき、キミー、俺はどうしたっけ?」


 「みんなに教えてやれよ」




 「小切手をくれたの。二万五千ドル分もよ」




ブラック企業が、「消費者に一円でも安く高品質なサービスを提供するために、従業員を徹底的に絞り上げて使い捨てる会社」と、“ 労 働 経 済 ”の教科書で定義されるのであれば、対極のホワイト企業は、「従業員に一円でも高い給料と高待遇を提供するために、消費者を徹底的に絞り上げて使い捨てる会社」と、“ 資 本 経 営 ”の教科書ではそのように定義されるべきであろう。

『ウルフ・オブ・狂酔乱舞ストリート』は、そのホワイト過ぎる企業の、無遠慮、無責任、無節操ぶりを、たっぷり三時間見せつけて終わる。狡猾な経営者ジョーダンはボロを出さなかったが、クソな日系レストラン「ベニハナ」の不正に絡んで芋づる式に起訴された。彼は、経済的にホワイトな巨利を得るために、法的にはグレーな部分を利用していた、(バレなければ)道徳的にブラックであろうとなかろうとどうでもよかった。

倫理感の欠如した人物の回想録をなぞっているので、なけなしの財産と社会の信用、住み慣れた土地と家族の信頼、将来の希望と心身の健康、その他すべてを奪われた側の悲痛な声が出て来ない。言葉巧みに騙した相手への、言い訳も、謝罪も、反省も、一切忘れさせることが、このコメディーを一周回ってイノセントにしている要因だ。

FBI捜査官と減刑取引して部下を売り飛ばす個所をカットすれば、(あなたに取り入ろうとしている)出会い系詐欺グループの教材になる。札束を敷いたベッドに、全裸美女が戯れている図は、週刊誌の広告だけだと思っていたが、『ウルフ・オブ・肉山脯林ストリート』の中では健在だ。召還されても、逮捕されても、服役させられても、何度でも開き直って、ポジティブライフを満喫するディカプリオには、六本木ヒルズのIT長者が持っている寒々しさがない。



「やつらを根こそぎ洗い流す雨はいつ降るんだ?」



人の価値は稼ぐ金額で決まると豪語する『ウルフ・オブ・酒池肉林ストリート』は、『タイタニック』とテーマは逆の方向で重なっており、裏返しに揶揄したのだろうという個所がいくつかある。



(以下ネタばれ)



カリカチュア] レオナルド・ディカプリオ & マーティン・スコセッシ 共同戦線 → ジェームズ・キャメロン 


 〜キャルの人物描写なぞ手ぬるい〜


既婚のジョーダンがラン痴パーティーで出会った9頭身モデルに一目惚れし、彼女の高級アパートを訪れたとき、部屋の前に掛かっている額付きの風景画を一瞥して、心なくつぶやいた。


 「いい絵だ。」


彼にとって「芸術」とは資金洗浄の仲介物であっても、鑑賞や批評や、ましてジャックのように、自ら創造するものではない。グラビアモデルと、レモン(薬物)とルード(薬物のスゴいの)と、ランボルギーニに比べれば、油絵なんてクソだ、内心ではそう思っているジョーダンであった。



そうこうしていると、一大事件が起こる。伯母さんが世を去るのだ。


「ファック!! 預けた裏金はどうなる?!」


なんとしても駆けつけなければならず、天候悪化を理由に出航を渋る船長を脅迫し、時化の海に超豪華クルーザーで乗り出した。案の定、大雨と大波のウォール街に突入し、船体にはおびただしい海水が流入する。

唐突に挿入された大転覆アクションは、「良薬を以て毒を制し」ようとしたアカデミー賞最多受賞(主演男優以外)『タイタニック』へ吐いたツバだ。

ほどなく彼は、漁船でも貨物船でもなく「軍艦」の海猿に救助され、艦艇の上で高待遇を受けると、転覆しなければ乗っていたはずの旅客機が、目前で墜落するのを目撃する(脚色されているが実話)。

憎まれ狼は世にはびこり、悪貨は良貨をデストロイした。
















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